『孤独の発明』 [読書]
ポール・オースター『孤独の発明』(新潮文庫版)。
別にオースターのファンだったということではない。ただエライ人というのは知っていた。で、古本屋で偶然見つけて読んだのがこの本。
この本は引用したくなったり、後で何度か読み返したくなる記述に満ちている。
たとえば、
「この部屋に長時間とどまることによって、たいていの場合彼は室内を自分の思考で満たすことができる。そしてそれが荒涼さを霧散させてくれるように思う。少なくとも荒涼さを忘れさせてはくれる。出かけるたびに、彼は自分の思考を一緒に持っていく。彼の不在中、部屋は彼がそこに住もうとする努力を徐々に除去していく。帰ってきたときには、作業をまた一からやり直さねばならない。それは労力を要する仕事である。(中略)それまでの空白期間、すなわちドアを開けてから空虚さをふたたび征服しはじめるまでの無の時間、彼の心は言葉にならない恐怖にあえぐ。まるで自分自身が消滅するのを見せられているかのような思いがする。」(p124)
「こちらが望んでいるもの、こちらが感じていることを、この人は察してくれるだろう――父にそういう信頼を置くことは不可能だった。こっちからそれを伝えねばならぬという事実が、もうすでに喜びを半減させてしまう。最初の一音が発せられる前から、夢想されたハーモニーはすでに破られている。それにまた、かりにこちらから伝えたとしても、理解してもらえる保障はどこにもなかった。」(p38)
「矛盾というものの、奔放な、神秘的というほかない力。それぞれの事実が次の事実によって無化されることを私はいまや理解する。それぞれの想いが、それと同等の、反対の想いを生み出す。(中略)彼はいい人間だった。彼は悪い人間だった。彼はこれだった、彼はあれだった。どれも等しく本当なのだ。」(p105)
そして次が本書の結びの言葉。
「それはあった。それは二度とないだろう。思い出せ。」(p285)
他にもたくさん引用したくなるが、今回はこれで。何年かぶりに読んだ小説だったけど、やはり巧みな言語表現は心の襞に触れることを再確認する。本書全体の感想はまたの機会にしよう。
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